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天井に突き当たってしまったパキラは,日曜ごとに水四杯を飲んでいるのに,新芽が出ないうちに三カ月がたってしまった.よく見ると,パキラの幹が地面と天井のあいだで撓(たわ)んでビヨーンと弧を描いている.このままいくと放物線か三次曲線か何かになってしまいそうで怖かった.
撓みがさらに大きくなり,螺旋(らせん)になろうとしはじめた.
それで,撓んだところを伸ばすようにして,天井との衝突点をもっと手前にしたら,なんとか幹の先を天井に平行,いや,斜め程度まで曲げてやることができた.
やはり生命力が強い木である.衝突点の手前に短い節ができて小枝が三本ほど伸びはじめていた.
衝突している点からも,こんどは枯れずに小枝と葉が発生しているではないか.
そしてまた,伸びのびと成長をはじめた.
集合住宅ゆえ自分の庭もないが,Γ(ガンマ)字形の木なんて,外に植えることが許されても,ちょっと人目にはおかしいだろうな,と思う.
木はずいぶん繁ったので,窓際一体の空間を青あおと埋めている.
外から建物を見上げたとき,「大きい緑色の人が窓際で外を見ているような部屋」を探せば,それが私の住戸である.
鉢を部屋の中心に移動させると,生活空間を圧迫しそうである.それで,幹は天井に沿ってどんどん窓に進んで.先端がカーテンレールに触れている…….
この木,天井を破れないと分かったら,窓を破って空に登っていくつもりじゃないだろうか.「ジャックと豆の木」 の豆の木と同じになるのじゃないだろうか.雲の上には巨人がいて,金の卵を産む雌鳥が…….この先のパキラの成長は,もっとびっくりするようなエピソードを運んでくれることだろう.
そんな可愛いパキラの物語.1997年11月に書いたときはここで終わりにしていたが,その後のエピソードをもう少し続けよう──.
ここからは,翌年1998年10月に書く.
その後もパキラはスクスク成長して天井を窓の方に伸びている.本当にぶどう棚のようになっている.
今年1998年6月,ベランダの鉢にどこかから飛んできた種を育てたら,朝顔だった.
パキラの隣に置いたらやっぱりパキラにくるくる巻きついたり,大胆に空中を綱渡りしながら,天井に追っていき,いまではいたるところで微笑ましい共存状態になっている.
ただ,夏の冷房のせいか今年の異常気象のせいか,朝顔はいまだに (10月初旬) 花を咲かせずに,ひたすら伸びて新しい葉を開いている.
ある葉が枯れても茎のその場所から芽が出て葉が二,三枚出るものだから,パキラと違って枚数の増え方は凄い.
こちらは,花を咲かせようと茎の先頭を指で閉じてしまう暴挙に出たのだが,あにはからんや相手の方が一段上.茎の途中から二カ所も枝分かれができた.
支線の延長も順調なようだから,もしこれが「A列車で行こう」のゲームならずいぶん儲かるところだろう.
まぁ,(育て主よりは) パキラに似て,バイタリティがある朝顔だ.
花が咲かない分,このまま,冬になっても伸び続けるような気がしてならない.
それもまた楽しみだ.
さて,先輩のパキラも毎週のように新しい葉を作りつづけている.
葉は成長して,光沢ある深緑になるが,長さでいって32〜33cmにもなるとそろそろ寿命.紅葉して落ちていくことになる.
その葉がパラリと落ちるXデーが来るまでは,ずっと木についていて,細々とでも補給を受けているらしい.葉が正常に落ちれば木の傷口もできず,ダメージがない.すばらしいプログラミングではないか.
健康に糖分が完熟した葉というのは,葉脈も鮮やかで色も味があり,なんともいえない美しさがある.
こういう葉が落ちる瞬間を見ると,寂しいというよりは,なにかほっとして嬉しい.
人も,こんなふうに綺麗に老いて立派に一生をまっとうできたら,どんなにいいだろうか,と考える.
さて,ここからはさらに5年後の2003年に書く.
その1998年10月の寒い朝に,朝顔は枯れてしまった.クリスマスの終わったツリーから電球を外すようにそっと外してみたら,存分に成長したつるは,総延長22メートルに達していた.
翌年母とまた夢を追おうという話になり,花屋さんから咲いた花と蕾のまざった朝顔の鉢を買ってきた.だが,蕾は2,3個咲いただけであとの蕾は開かなかった.このことから考えると,朝顔は暑くないと咲けないのだろう.
現在のパキラの姿は右のとおりである.Γより更にたわんで生きている.4枚の写真の合成で全体像をご覧にいれよう:
左の写真は問題の衝突点の今の様子である.
結局,まっすぐ本線を延長する枝はできなかった.
最初にできた側枝(写真中央から右上に向かう枝)が太くなってたくさんの葉を茂らせ,ソファーの高さまで垂れるまでになった.
次々に大きな美しい葉ができ,できるそばから30cm以上の大きな葉になった. ほかにも4本の細い枝が出て,少しずつの葉をつけた.
2002年,パキラも12才になると,紅葉して落ちる線が側枝の先端に追い付いてきてしまった.そしてその枝の先で起こるドラマが,次からの話である.